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2015年9月16日 (水)

台中を見て回る

とにかく暑い。ヨーロッパのように著名建築が集中しているわけではないので、一日に廻る数も限られ、とにかく疲れる。

メインは伊東豊雄さんの国立歌劇院。政治的理由で一瞬仮オープンしたものの、一般公開はまだ、現在もノロノロとダメ直しやインテリア工事が続く。5年の施工期間常駐していたSさんに内部を案内していただくことに。

20数年前に近藤事務所の皆とつくった金網型枠・トラスウオールを改良することによってスランプ値70という高流動コンクリートで曲面を形成して行く。その特異なシェイプをもった曲面が構造体で、建物の至る所に現れ、人の目を引く。モダニズムを超えること。それを伊東さんは常々スタッフに話しているという。平面図を見ると外部と内部の境界を消し、社会性=公共性をもたせようとしているのが良くわかる。(GrandOpen前なので外観だけ)

Kageki2

そして広大な東海大学を歩く。図書館に向かい緩やかな傾斜をもつメインストリート。道沿いに文学院、農学院などと名付けられた中庭形式の校舎群が並ぶ学びの場。

Tuk

台湾一という建築学科だが、校舎はちょっと貧しい時代のモダニズム。時がたって、傷みが目立つがアジが出ているような・・・。製図室は東京都市大のような傾斜とつながりをもつ。

Tkua

その下部にたつペイのLuce Memorial chapel(1963年)。モダニズムの代表作にカテゴライズされる。曲面を使う構造的合理性をもった小さな教会。最小限ともいえるHPシェルによる4枚の壁の強さ、開口部の位置、教会に至る軸線よって象徴性を与えている。

Lc1

Lc2

80年代のポストモダンが、モダニズムが否定した装飾を大切にし、構造と分離された表層の形態操作を行った。生産性を高めるための合理性を拒否し、形態の理由を歴史的に引用に頼った。しかし、00年代以降のポストモダンは構造そのものを形態操作する。それによって、構造が装飾的になり、構造と装飾が分離されていた80年代大きく異なる。また形態決定の理由を社会性に求めようとしている。そもそもモダニズムを極めることも難しいので、それを超えるとなるとはるかに難しい。デザイン力と情熱が足りなければ、モダニズムはつまらない箱に、ポストモダンはブスかわ、キモかわな形態になりがち・・・。人に愛されるのは、モダニズムや白い箱なのか。装飾なのか、ブスかわやキモかわなのか。

モダニズムによって失ったもの。それを取り戻すため、またそれを超えるにはどのような方法、手法、形態操作が必要なのだろうか。そういえば、碧影はモダニズム建築でありながら、モダニズムが失いがちなもののうちのひとつを持っている気がした。

成田に戻り、この風景を見る。

Narita

装飾がなく、慎ましい。日本的美しさというか、美徳というか。

今回も数が多いのでそのほかは省略して・・・。

今日から就活マニュアルのインタビューはじまっています。
2次プレゼン審査の準備、某展覧会出展準備もけっこう負担・・・。

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