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2013年1月24日 (木)

仙台→

仙台へ。博士論文発表会の聴講やレクチャー、ゼミ、本の打合などが主目的。

で、博論発表会の雰囲気にビビリ、不参加。勿体なかったが。

レクチャーはSSDに絡めて、平田晃久さん。モノの作り方を研究するスタジオなのでそれに沿ったテーマ。2点を結ぶ線分に対し、「〜」という図形を描く。これを1次とする。「〜」を線分に見立て更に「〜」を描く。これは2次。さらにその「〜」に「〜」を描くと、ヒダを遺伝子のように成長させることができ、複雑でありながら、実は単純な原理による図形が作成できる。これが平田さんの立脚点。だから「形のための形をつくる人」だなあと思っていたが・・・。その原理を応用し、ある空間において最も表面積が大きい場をつくることを可能にしている。複雑に見える立体だが、それは実は内と外という二つの面がきれいに連続する。なぜなら元が単純な図形だから。で、それは高密度を要求される都市ではとても有効な手法となりうるとの提案。なる程。更には、その論理を応用し、太陽光パネルの設置を検討したり、釜石のプロジェクトでは、風や光、コミュニケーションの場を創出可能にしている。しかも元が単純だから、分解すれば構成要素が少なく、建築に必要な部材の種類も少ない。ああなる程、そうだったのかとうなずくことしきり。また、自分が100%正しいと肯定するのではなく、「ボクみたいな建築があっても良いではないか」というスタンスでお話を進めるのが好印象!建築の怖さも、実感しているようで。いやいや・・・ある意味、隙が全くない。すげ〜。

ゼミは卒計などのチェック。「枠」について考えさせられる。東北大生は優秀だから枠のなかでとても模範的で完成度が高いものを製作できる。でも、その枠は誰が設定したものなんだろう。例えば、図面の表現方法。建築を平面、立面、断面で現すことは日本においては明治以降の話ではないか。それまでは大工の木割図(板図)だけで建築が組み立てられていただろうし。パースや模型も近代、CGに至っては極々最近のこと。例えばその枠からはみだせたのが斧澤さん(卒計日本2位)。自分の思い描く建築を大量の文字で現すことに成功。他人よりとっても強い自己愛とコンプレックスが、その記述と作品内容の原動力か。また、おのまとぺのキクチ君(裏日本一の呼び声も)もそう。極めて冷めた視点をもつから、建築の成り立ちに関して、大学生が考える思考の枠組みを破ったのだろう。昨年の松井君(卒計日本2位)もそう。極めてネガティブな思考なのに、極めてポジティブに行動できる。だから、卒計で求められる「自分の計画案を表現する」という大前提、卒計の枠組みを破ることができたのではないか。3人ともある意味ナチュラルにその枠を超えてしまっているけど・・・。実は、その枠を意識して超えようとしている人もいるのではないかと。(←枠組みをつくってきた方々の後輩達) で、私も枠の中で踊らされているプレイヤーではなく、枠そのものを考えることをやっていきたいなあ・・・と、最近強く感じる。いろいろな意味で。

エクスナレッジで発行するキーワード本は、テキストをプロジェクターで移しチェックする方式。声に出してチェックできるので、とっても効率的。同時に、「事実を正しく書く」ことも難しいけど、それを一般の人が解り易く、興味を引くように書くことは本当に難しいことを実感。

ゼミ終了は11時ちょっと前。五十嵐さんと吉野家で牛丼やカレー、ビールを流し込み解散。

実はその後、初のドリーム政宗号に乗車。夜行バスは3回目。トイレがないバスでは休憩時にトイレにいってもトイレに行きたくなり・・・あれば全く行かないで済むという不思議。3列シートだったし、最後部でカーテンで席を仕切れる特等席だったのにほとんど眠れず・・・。結局、新宿の満喫で仮眠することになる。

Masamune

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