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2012年6月11日 (月)

SSD飯島直樹さん

SSDのレクチャーはインテリアデザイナーの飯島直樹さん。

インテリアデザイナーで自身の作品や業界について言葉で語る人はほとんどいないという。その言葉をもつのが飯島さんということでこのレクチャシリーズに招いたよう。戦後から90年代まで、オタク文化が社会的認知を得るまでのインテリア界の私論を、ご自身の世代が多大な影響を受けた大きな物語=共産主義の動きを意識しながらお話された。

ジャクソンポッロックの図と地が入り交じり、関係性を消すような絵を挙げ、それが今日のインテ・建築界の礎になった考え方ではないかというところからはじまり・・・。

ディシャンの自画像を挙げ、形そのものより、形をつくる概念が大切であることを説く。

ミニマルアートのように、テイストや雰囲気、感覚を排除し、構造のみを見せる杉本(スーパーポテト)的手法を説明しつつ、ミニマルというのはシンプルにすれな良いのではなく、余計なものを削ぐことでモノの本質を浮かび上がらせることだとの解説。それに反発する近藤康夫氏に触れ・・・。

ゲイの感覚的セレクションでしかなかったものが、インテリアとして独立し、時代と寝ていく。相手はファッション業界であったり、飲食業界であったり・・・。バブル崩壊後は素材や構成にお金をかけられず、家具を寄せ集めるだけのインテリアデザインに変質してしまったり。そしてSHOZOに代表されるような素人によるセルフコーディネートによるデザインの台頭。これはスタイリストデザインというらしいが。さらにこれからは中国の中国らしい押し出しの強いデザインがでてくるだろうという予見をもって時代を分析する。

ご自身の作品写真見せていただくと、素材感あふれる空間、構成の明解さが印象に残る。と同時に、建築とインテリアの違いが何なのかということが疑問に思えてくる。飯島さんのインテリアは建築の作り方に近い気がして。そもそもそんな区別をつける必要は製作上ないのかもしれないが・・・。でもずっと心に引っかかってきたものなのだ。葉祥栄事務所OBは、葉さんの建築は構造のあるインテリアだと90年代言っていたという。それがどういう意味なのかを聞きそびれてしまったが、その時は、プログラムという概念が大切にされていた時期で、それが葉さんの建築にはないからかと勝手に想像していた。また、伊東豊雄さんの多摩美図書館の2階は建築の空間ではなく、インテリア的な作り方がその良さを拡張したのではと・・・。例えば、天井の浮遊感は外光によるものではなく、間接照明というインテリアの手法だったり、神秘的な光を成立させたのはカーテンであろうし・・・。

ラッキーなことに私と同じ疑問を感じていた方がいらっしゃり、インテリアと建築の決定的な違いは何かという質問が取りあげられた。飯島さんによると、インテリアは俯瞰(神の目線という言い方が言い得て妙)してプランニングすることはないという。ひたすらに内部からモノがどう見えるのかということを考えるという。会場の空気はなるほどという感じだったが、ちと私には解せず。だって、飯島さんのデザインは神の目線でみてもまとまっているように見えるんだもの。結局その違いは設計対象、設計期間、予定耐用年数の違いだけなのかなあという気も。

ところで、共産主義は理想と理念の塊だったと私は思う。理念によって理想を実現する、それが夢見られた時代、少しずつそれが捻れ、綻びを見せ、やがて崩壊する。飯島さんが自分の何をそこに映し出していたんだろう・・・。

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